取締役の競業取引に関する法規制

一般企業法務, 法律関係トピックス

 会社の内部情報に通じている取締役が、自己または第三者のために会社の取引先を奪う可能性のある商取引を行う場合、どのような規制を受けるのでしょうか。
1 競業取引規制(会社法356条1項1号)
  取締役が、自己または第三者の利益のために、会社が行っている「事業の部類に属する取引」(以下「競業取引」といいます。)を行う場合には、重要な事実を開示して、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)の事前承認を得なければなりません。
  その趣旨は、取締役が会社の取引先やノウハウ等を奪う形で競業を行い、会社に損害を与えることを防止する点にあり、競業取引とは、会社が実際に行っている取引と、①目的物(商品・役務)及び市場(地域・流通段階)が競合し、②会社との間で利益衝突のおそれがある取引を指します。
  例えば、水産物の販売事業を展開するP社の取締役が、別会社であるQ社の代表取締役に就任し、競合地域で水産物の販売を行うといったケースが典型的事例となります。洋菓子業と和菓子業などの類似事業も、市場競合の可能性がある場合には、競業取引規制を受ける可能性があります。
2 承認なしで競業取引を行った場合に負う責任
  取締役が、株主総会(取締役会)の承認なしで競業取引を行った場合、取引の相手方保護のため、取引自体は有効とされますが、取締役の行為は法令違反行為となり、取締役は任務を怠った責任を負うことになります。
  その場合、会社側の立証の困難緩和のため、取締役または第三者が得た利益の額が損害額であると推定されます。
3 補助的取引 
  それでは、水産物販売を業とするP社が、店舗用の土地としてある土地の購入の検討を始めたところ、P社取締役Aが、当該土地を購入したとすると、Aの行為は競業取引規制を受けるのでしょうか。
 競業取引には、事業遂行に欠かせない付帯取引(製造業における原材料購入等)は含まれますが、その維持・便益のための補助的取引(金銭借入、雇用、工場・店舗用地の取得等)は含まれません。
 水産物販売業を行うP社にとって、店舗用の敷地購入は補助的取引にすぎないので、競業取引にはあたらないことになります。
 もっとも、取締役は、会社との利害が対立する状況で、会社の利益を犠牲にして、自己の利益を図ってはならないという義務(狭義の忠実義務)を負っています。したがって、P社が事業拡大のため購入予定だった土地を、取締役Aが私利のため取得する行為は、忠実義務に違反し、P社から損害賠償請求を受ける可能性があります。
4 従業員の引抜き
 次に、水産物販売を業とするP社の取締役Aが、在任中に独立を計画し、P社の従業員を勧誘し、P社取締役退任後にQ社代表取締役に就任して、P社の元社員を雇用し、競合地域で水産物販売業を開始した場合はどうでしょうか。
 従業員の引抜き自体は「取引」ではないので、競業取引規制に触れることはありません。また、Aが、競業取引を開始したのは、P社取締役退任後なので、この取引行為についても、競業避止規制には触れません。
 もっとも、この場合でも、会社に与える影響の重大性等を考慮して、社会的相当性を逸脱した不当な態様で引抜きが行われた場合は、AのP社に対する忠実義務違反、あるいは不法行為が成立する可能性があります。

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