★★【コラムメビウスの輪】緊急搬送先の医師の対応と、慰謝料請求について★★(弁護士 小寺正史)
夜中に突然苦しくなって、救急車で緊急搬送され、夜間救急外来で治療を受けたが、医師の治療が適切でなかったために、数時間後に死亡するというケースがあります。このようなケースでは、適切な治療がなされていれば死亡することもなく、元気に生活できたことを証明できれば、医師に対して逸失利益や慰謝料等の損害賠償請求ができます。しかし、少なくてもそんなに早く死ぬことはなかったが、いつまで生存できたかわからないような場合もあります。このような場合でも、慰謝料の請求は認められます。
医師には患者のために適切な治療をする義務があります。
損害賠償の一般的な考え方からすれば、医師の治療が不適切であるという事情の他に、適切に治療していれば死亡しなかったという事情、すなわち因果関係の証明が必要となります。しかし、適切な治療をしていれば、もう少し長く生きられたとの相当程度の可能性が証明できるときは、もう少し長く生きられたという患者の権利が侵害されたということができます。したがって、慰謝料の損害が生じたと認めることができるのです。
実際の判例を見てみましょう。
(治療経過)
Aさんは、午前4時30分頃、突然の背中の痛みで目を覚ました。Aさんは、午前5時35分ころ、夜間救急外来において、上背部痛および心か部痛を訴えて、医師の診察を受けました。医師は、急性膵炎と狭心症を疑い、急性膵炎の点滴注射を行ったところ、Aさんは点滴中にけいれん発作を起こし、いびきをかくなどの容態の急変を来しました。医師は体外心マッサージや蘇生術を施しましたが、午前7時45分頃死亡しました。
(実際の病状)
Aさんは、自宅において狭心症の発作に見舞われ、それが心筋梗塞に移行し、医師の診察当時、心筋梗塞は相当悪化した状態にあり、点滴中に致死的不整脈を生じ、容態が急変し、不安定型狭心症から切迫性急進性心筋梗塞に至り、心不全を来し死亡したものでした。
(裁判所の判断)
医師は、Aさんを診察する際、触診および聴診を行っただけで、胸部疾患の既往症を聞いたり、血圧、脈拍、体温等の測定や心電図検査を行わず、狭心症の疑いを持ちながらニトログリセリンの舌下投与をしていないなど、胸部疾患の可能性のある患者に対する初期治療としておこなうべき基本的な義務を果たしていなかった。
医師がAさんに対して適切な医療行為を行った場合には、救命しえただろう高度の蓋然性までは認められないが、これを究明できた可能性はあった。
以上を踏まえて、 不適切な医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されていないけれども、適切な医療が行われていたならば、患者が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は慰謝料を賠償する責任を負う。という判決結果になりました。