【「静穏の祈り」に反響をいただいて】(弁護士  小寺 正史)

小寺弁護士, 弁護士ブログ

 当事務所発行のKMレポートNo33にアメリカの神学者ニーバー作の「静穏の祈り」を引用しました。これを読まれた方から、これについて感銘を受けたとの話を何件か承りました。
 厳しい現実を受入れながらも、できることに最大に努力すると言うことは人生において大変重要なことであり、それぞれのお立場で感ずることがあったものと思います。
          
 ところで、私が「静穏の祈り」を知ったのは、カナダの統計学者ローゼンタールの「それはあくまで偶然です:運と迷信の統計学」に引用されていたからでした。ローゼンタールは、13日の金曜日に生まれたが、何ら禍はなかったと言って迷信を信ぜず、統計学を駆使して多くのことは偶然の結果であるとして、迷信を信じたり占いに頼ることを戒めています。面白いことに、ローゼンタールは自ら無神論者であると述べながら、「静穏の祈り」を引用して、コントロールできない偶然の出来事は静穏に受入れ、私たちの選択や計画や準備によって影響を与えられる出来事には、果敢に立ち向かうことを推奨しています。
          
 ローゼンタールが引用したのは一般に「静穏の祈り」として紹介されている部分でしたが、これに続きがあるとしてWikipediaなどに記載されています。否定する方もいるようですが、参考までに続きとされる文章を含めて全文を紹介します。
 続きとされる部分を含めて読むと、神を信じ、つらい現実にあっても、これを受入れ、毎日を真摯に生きることの大切さを訴えています。しかし、神を信じなくてもローゼンタールのように、この祈りの教えの尊さは十分理解できるのではないでしょうか。
          
  神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
  変えるべきものを変える勇気を、
  そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。
          
(続きとされる部分)
  一日一日を生き、
  この時をつねに喜びをもって受け入れ、
  困難は平穏への道として受け入れさせてください。
          
  これまでの私の考え方を捨て、
  イエス・キリストがされたように、
  この罪深い世界をそのままに受け入れさせてください。
          
  あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされることを
  信じています。
  そして、この人生が小さくとも幸福なものとなり、天国のあなたのもとで
  永遠の幸福を得ると知っています。
  アーメン

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