【パロディと著作権のせめぎ合い】(弁護士  小寺 正史)

小寺弁護士, 弁護士ブログ

 私が受け持っている小樽商科大学の大学院の「知的財産マネジメント」の講義で、今年度、受講生の希望により「パロディ」を取り上げました。
 この「パロディ」に関する裁判例として「チーズはどこへ消えた?」と「バターはどこへ溶けた」との二冊の本の著作権裁判があり、授業ではこれを題材に取り上げました。
面白い題材でしたのでご紹介します。
          
 著作権侵害の要件として、類似性(双方が類似しているかということ)と、依拠性(類似しているのは元ネタを見たことによるかということ)があります。パロディは、元ネタの作品に対して批判・揶揄・風刺を目的としています。したがって、パロディ作品は、ある程度元ネタの作品に類似せざるを得ず、これに依拠していることも明らかです。元ネタの作品の著作権が保護されるべきことは当然ですが、パロディであることを考慮して著作権侵害について判断されるべきではないかと思います。
          
 では、二つの作品について比べてみましょう。
「チーズはどこへ消えた?」
 変化・行動・恐怖をテーマにし、変化を予測し、積極的に行動することが重要であることを説いています。
(物語の内容)
 2匹の ネズミと2人の小人が登場。
 チーズを探し回り見つけましたが、食べてなくなります。
 2匹のネズミは直ちに次のチーズを探し回り見つけます。
 2人の小人は、またチーズが現れるのではないかと考えて「待つ」という行動と「待つのをあきらめて探しに出るという行動に分かれ、後者の行動をとった小人は不安と恐怖に襲われるが、ついには新たなチーズを見つけることができるという物語です。

「バターはどこへ溶けた」
 「チーズはどこへ消えた」のパロディ。積極的に行動して成功を追い求めるのではない、異なった幸せな生き方もあることを示唆しています。
(物語の内容)
 2匹のキツネと2匹のネコが登場
 バターを探し回り見つけましたが、食べてなくなります。
 2匹のキツネは直ちに次のバターを探し回り見つけます。
 2匹のネコは「バターがなくても心の安らぎを楽しむ」という行動と「新たなバターを探しに出る」という二つの行動に分かれ、後者は結局前者の行動が幸せであることを悟るという物語です。
                    
裁判所の判断(東京地方裁判所 平成13年12月19日決定)
 大部分の点について著作権侵害を否定しながら、15カ所の記載が類似しているとの理由から著作権侵害を認定し、「バターはどこへ溶けた」の販売を禁止しました。
 類似していると指摘している点は、後記一覧表記載のとおりです。
裁判所が指摘している類似点は、著作権法上それほど重要な記載に関する類似点ではないように思います。
                            
 私は、「チーズはどこへ消えた?」はチャレンジしようとする人々を鼓舞する大変いい本と思います。他方、「バターはどこへ溶けた」は、じっくりと人生を考えたい人に勇気を与えるもので、これも大変いい本だと思います。ネットで検索してみるとこの2つの書籍が店頭に並べて販売されていたこと、両方を読んで人生を深く考えたなどとの記載が見受けられました。
 私は、両者に類似点はありますが、著作権法上それほど重要な記載に関する類似点ではないと思います。「バターはどこへ溶けた」はパロディとしてよくできた本であり、価値あるメッセージを読者に送っています。
裁判所が著作権侵害と認定して、「バターはどこへ溶けた」を販売禁止にしたことは大変残念に思っています。
                  

※裁判所が類似していると判断した記載の一覧表

「チーズはどこへ消えた?」の記載 「バターはどこへ溶けた」の記載
〔2〕全体の構成及び第1部に相当する「ある集まり」の場面設定
(ア)「確かにね」ネイサンも言った。
(イ)「どんなふうに?」ネイサンが聞いた。
(ウ)「それで,たちまち物事がうまくいくようになったんだ,仕事でも生活でも。」
(エ)「小学校で聞かされるような話
(あ)「たしかにね」健二も言った。
(い)「どんなふうに?」好子が聞いた。
(う)「それからは,たちまち物事がうまくいくようになったんだ。仕事でも生活でも」
(え)「まるで子供向けの物語」
〔4〕ものを発見する場面
(ア)それでも,スニッフとスカリーも,ヘムとホーも,とうとうそれぞれ自分たちのやり方で探していたものをみつけた。
(イ)それからは毎朝,ネズミも小人もチーズ・ステーションCに向かった。
(ウ)ヘムとホーも初めは毎朝,チーズ・ステーションCに急ぎ,新しい美味なごちそうに舌つづみを打った。
(あ)それでも,ある日,彼らはとうとう探していたものを見つけた。
(い)それからは毎日,キツネもネコもそのペンションに向かった。
(う)タマとミケもはじめのうちは毎朝,池のほとりのペンションに急ぎ,久々にありついたごちそうに舌鼓を打った。
〔5〕引っ越しの話
(ア)どのみちチーズがある場所も行く道もわかっているのだ。
(イ)チーズがどこから来るのか,誰が置いていくのかはわからなかった。ただそこにあるのが当然のことになっていた。
(あ)どのみちバターのある場所も行き方もわかっているのだし,
(い)バターがどこからくるのか,だれが置いていくのかはわからなかった。ただそこにあるのが当然のことになっていた。
〔6〕消失と疑い
(ア)事態は変わっていなかった。チーズはなかった。
(イ)「それはそうと,スニッフとスカリーはどこにいったんだろう?あいつら,われわれの知らないことを知ってるんじゃないだろうか?」
(あ)事態は変わっていなかった。バターはそこにはなかった。
(い)「ところでマイケルとジョニーはどこにいったんだろう? あいつら,バターがなくなったことについてなにか知ってるかも……」
〔7〕展開
(ア)彼らのところにはまだチーズがあるのだろうかと思った。彼らも厳しい事態になって,あてもなく迷路を走りまわっているのかもしれない。でも,それもやがては好転するに違いない。
(イ)スニッフとスカリーが新しいチーズをみつけ,たらふく食べているのではないかと思うこともあった。自分も迷路へ冒険に出かけ,新鮮な新しいチーズをみつけられたらどんなにいいだろう。そのときのことが目に見えるようだ。
(ウ)新しいチーズをみつけて味わっているところを想像するにつけ,ホーは,チーズ・ステーションCを離れなければと思った。「出かけよう!」ふいに,彼は叫んだ。
(あ)彼らのところにはまだバターがあるのだろうか。はたまた,彼らもきびしい事態になって,あてもなく森を走りまわっているのだろうか。でも,それもやがてはうまくいくにちがいない。
(い)マイケルとジョニーが新しいバターを見つけ,たらふく食べているのではないかと思うこともあった。自分も森に出かけ,新鮮なバターを見つけられたらどんなにいいだろう。そのときの自分が目に見えるようだった。
(う)新しいバターを見つけて味わっている自分を想像するにつけ,ミケは,なんとしてもここを離れなければという気になった。「出かけよう!」ふいに,彼は叫んだ。
〔8〕探索
(ア)「ホーは,勤勉に働いても成果があがるとは限らないことがわかってきた。」 (あ)「ミケは,ただがむしゃらに動きまわっても成果があがるとはかぎらないことがわかった。」

pagetop